はじめに——「最近、テレビを近くで見るんです」
外来でよく相談される一言です。「ソファに座ったはずなのに、いつの間にかテレビの前まで近づいている」「教科書を顔にすごく近づけて読んでいる」「学校から渡された視力検査の用紙に『B』がついていた」——お子さんの近視の入口は、こんな小さな変化から始まります。
近視は「眼鏡をかければ済む」と長く考えられてきました。実はここ10年で、その常識は大きく変わりました。近視は「進行を遅らせられる」、そして「発症そのものを遅らせられる」病気になってきています。2024年12月には日本で初めての近視進行抑制薬も承認されました。
この記事では、日本のいまの現実、何が効いて何が効かないのか、家で・眼科で何ができるのか——お子さんの目を守るために必要なことを、できるだけ正直にお伝えします。
日本のいま——14歳以下の36.8%が近視
2025年、日本で初めての全国規模データが公表されました [1]。京都大学のチームが、健康保険の全国データベース(NDB)を使って約1,500万人の14歳以下の小児を解析したものです。
結果は静かな衝撃でした:
- 14歳以下の近視有病率: 36.8%(約550万人)
- 新規発症のピークは 8歳
- 強度近視(-6 D 以上)は10〜14歳で0.46%(およそ1,000人に4〜5人)
- COVID-19の自粛期(2020年)で、8〜11歳の発症が不連続に急増
「3人に1人」「8歳でピーク」というのが、ここ数年の日本の現実です。学校健診の裸眼視力1.0未満率は小学生で約37%、中学生で約61%にのぼり、この30年でほぼ2倍に増えました。
世界に目を向けると、2050年までに子どもの3人に1人以上(39.8%)、7億4千万人以上が近視になると予測されています [13]。日本だけの話ではありません。
なぜ近視は「ただの目の悪さ」ではないのか
近視は単に「ピントが合いにくい」という光学的な問題ではありません。子どもの目で実際に起きているのは——眼球そのものが、前後に伸びているということです。
正常な眼球は前後径(眼軸長)が約24mmです。これが、近視の進行とともに少しずつ長くなっていきます。眼軸長が26mmを超えると「強度近視」、28mm以上では「病的近視」と呼ばれる領域に入ります。
眼軸長は、一度伸びると戻りません。だから子ども時代の進行を抑えることに意味があるのです。そして、強度近視まで進んでしまうと、将来こんなリスクが上がります:
- 網膜剥離 — 引き伸ばされた網膜が剥がれやすくなる
- 近視性黄斑症 — 中心視野を担う黄斑部が萎縮する
- 緑内障 — 視神経が傷つきやすくなる(将来の失明原因の上位)
- 白内障の早発 — 通常より10〜20年早く発症することがある
国際近視学会(IMI)の2025年のコンセンサスでは、こうまとめられました [11]:
「近視の発症を1年遅らせる方が、何年も進行を抑えるより、生涯のベネフィットが大きい」
これは大きな視点転換です。「症状が出てから対応する」のではなく、「発症する前から予防する、発症したら早く止める」が世界の標準になりつつあります。
-1Dごとに何が変わるか——強度近視と将来の失明・疾患リスクの定量
「強度近視は怖い」と言われても、どのくらい怖いのか——数字を見るのが一番わかりやすいです。世界の大規模データから、近視の重症度別の合併症リスクと失明リスクが定量化されています。
重症度別の眼合併症リスク(Haarman 2020 メタ解析)
過去の主要研究を統合した最新のメタ解析 [19] は、正視(近視のない人)を基準にして、近視の重症度ごとに眼合併症のオッズ比(OR)を算出しました。
| 合併症 | 軽度近視 (-0.5〜-3 D) |
中等度近視 (-3〜-6 D) |
強度近視 (-6 D 以下) |
|---|---|---|---|
| 近視性黄斑症(MMD) | 13.6倍 | 72.7倍 | 845倍 |
| 網膜剥離 | 3.2倍 | 8.7倍 | 12.6倍 |
| 後嚢下白内障 | 1.6倍 | 2.6倍 | 4.6倍 |
| 核白内障 | 1.8倍 | 2.4倍 | 2.9倍 |
| 開放隅角緑内障 | 1.6倍 | 2.9倍(中等度・強度合算) | — |
特に近視性黄斑症(中心視野を担う黄斑部の萎縮で、進行性・不可逆)は、強度近視で 845倍 に跳ね上がります。これが「強度近視は将来の不可逆失明の主要原因のひとつ」と言われる理由です。
そして実際の視覚障害(WHO基準 視力<0.3、日常生活困難レベル)について、60歳以上の発生リスクは:
- 軽度近視: 1.7倍
- 中等度近視: 5.5倍
- 強度近視: 87.6倍
眼軸長から見た「失明確率」(Tideman 2016)
オランダの15,000人以上の集団データを用いた研究 [20] では、75歳時点の累積視覚障害率が眼軸長別に算出されました:
| 眼軸長 | 75歳時点の視覚障害(視力<0.3)累積率 |
|---|---|
| 24〜26 mm(正視〜軽度近視) | 3.8% |
| 強度近視(-6 D 以下) | 39% |
| 30 mm 以上(病的近視) | 90% 超 |
つまり、眼軸長30mm を超えると、生涯のうちにほぼ全員が視覚障害を経験する計算になります。「強度近視は将来の若年世代の失明原因のトップ」というオランダ・東アジアの公衆衛生上の警告 [20] は、この数字に裏付けられています。
「-1Dを抑える」ことの臨床的意味(Bullimore & Brennan 2019)
世界5つの主要疫学研究(合計 21,000人)のデータを統合した分析 [21] が示したのは、こう簡潔な数字です:
近視が -1D 進むごとに、近視性黄斑症のリスクは 67% 上昇する。逆に、進行を -1D 抑制できれば、生涯のリスクは 40% 下がる。
しかも、この恩恵は近視の元々の度数に関係なく当てはまります。-6D の子どもでも、-3D の子どもでも、「1D 抑える」という介入のリスク削減効果は同じく約40%です。
子ども時代の数年で何が変わるのか——答えはこうです:
「1D 抑える努力が、生涯失明リスクを約4割減らす」。
これが、IMI 2025 [11] とWSPOS 2025 [22] が「進行抑制は -1D ごとに意味がある」と整理した医学的根拠です。子ども時代の数年間の介入の重みは、こうした定量データで初めて実感しやすくなります。
何が効いて、何が効かないのか——4つの選択肢
ここからは、進行を抑える現代の主な選択肢を、正直なエビデンスサイズで見ていきましょう。
1. 低濃度アトロピン点眼——日本で初めて承認された薬
アトロピンは伝統的に瞳孔を開く薬として使われてきました。実は、極めて低い濃度(0.01〜0.05%)にすると、副作用がほぼ気にならないまま近視進行を抑制することが、香港のLAMP研究で明らかになりました [3]:
- 0.05%アトロピン: 1年の屈折進行を約67%抑制(-0.27 D vs プラセボ -0.81 D)
- 0.025%アトロピン: 約43%抑制
- 0.01%アトロピン: 約27%抑制
シンガポールのATOM2研究(5年フォローアップ)では [5]、意外な逆転が起きました。一番高濃度(0.5%)のグループは、治療をやめた後の「リバウンド(再進行)」が大きく、5年累積では最低濃度0.01%が最も進行を抑えていたのです。これがいま「低濃度がベスト」と言われる根拠です。
ただし2023年、米国の小児を対象とした研究(CHAMP)[6] では、0.01%が無効という結果が出ました。東アジア系小児と異なり、米国の多人種小児では効果が確認できなかった——という重要な但し書きも加わっています。
LAMP2試験(前近視児への発症予防効果、Yam 2023) [27] では、もう一段踏み込んだ検証が行われました。「まだ近視ではないが家族歴のある前近視児」を対象に、2年後の近視発症率を比べたところ:
- プラセボ群: 53% が新規発症
- 0.01%群: 45.9%(有意差なし)
- 0.05%群: 28.4%(発症率を半分近くに抑制)
「発症した子を抑える」だけでなく、「発症そのものを遅らせる/防ぐ」可能性が初めて示された臨床試験です。IMI 2025 [11] が「発症の1年遅延 > 数年の進行抑制」と整理した医学的根拠の一つです。
2024年12月、日本で初めての近視進行抑制薬「リジュセア®ミニ点眼液 0.025%」(参天製薬)が承認されました [2]。国内治験では、2年で約38%の進行抑制効果を示しています。
ただし、大事なポイントが2つあります:
- 保険適用なし — 自費治療です(月額数千円〜1万円程度、施設による)
- 「効くが万能ではない」 — 38%抑制は素晴らしい数字ですが、進行が「止まる」わけではありません
日本近視学会も2025年10月、専門医向けの「低濃度アトロピン点眼液による近視進行抑制治療の手引き」を公開しました [14]。
2. DIMSメガネ(MiyoSmart)——第二の選択肢
「点眼薬は子どもが嫌がる」「自費は厳しい」というご家庭に、もう一つの選択肢があります。多分節非球面レンズ(DIMS)、商品名「MiyoSmart」(Hoya社)です。
普通のメガネと見た目はほぼ変わりません。レンズの中央は通常通り視力を矯正し、周辺部に小さなマイクロレンズが無数(396個)配置されていて、これが網膜の周辺に「ぼやけた像」をわざと作ることで眼軸長の伸びを抑える仕組みです。
香港のRCTでは、2年間の効果がこう報告されています [7]:
- 屈折進行: DIMS -0.38 D vs 通常メガネ -0.93 D(59%抑制)
- 眼軸長伸長: DIMS 0.21 mm vs 通常メガネ 0.53 mm(60%抑制)
- 21.5%の子どもが2年間ほぼ進行ゼロ(通常メガネでは7.4%)
6年間の長期追跡データ [22] では、効果が継続することと、治療を中止してもリバウンド(再進行の加速)が起きないことが確認されています——これがDIMSの大きな利点の一つです(オルソケラトロジー・アトロピンには中止後リバウンドのリスクがあります)。さらに、アトロピン点眼との併用で相乗効果があることも複数の研究で示されており、特に進行が続く年長児では併用が選択肢になります [22]。
費用は1セット5〜8万円程度。日本でも処方可能ですが、自費です。
3. オルソケラトロジー(Ortho-K)——夜つけるコンタクトレンズ
夜寝るときに特殊なハードコンタクトレンズをつけ、角膜の形を一時的に矯正する方法です。日中は裸眼で過ごせます。Cochraneのネットワークメタアナリシスでは、Ortho-Kの2年の眼軸長抑制効果は -0.28 mm と、低濃度アトロピンとほぼ同等の効果が示されています [8]。
ただし子どもへの感染症リスクには注意が必要——WSPOS 2025 [22] のレビューによると、子どもにおける細菌性角膜感染症(重症化すれば角膜混濁・視力低下)のリスクは 10,000患者年あたり 13.9件。日中用のガス透過性ハードコンタクトは 1.2件と、約10倍以上のリスクがあります。レンズ管理(毎日の洗浄・専用ケースの定期交換)と衛生指導が極めて重要で、保護者の継続的な関与が前提です。
費用は初年度15〜20万円、その後年5〜10万円程度。自費治療で、子どものコンタクト管理が必要なため、現実的には8〜10歳以降からの選択肢になります。
4. 屋外活動(Outdoor)——予防には強く、進行抑制には弱い
外遊びの時間が長い子どもは近視になりにくい——これは強いエビデンスです。25研究のメタアナリシス [9] では、屋外時間が多いほど近視の新規発症リスクが約46%下がる(RR 0.536)ことが示されています。
ただし重要な但し書きがあります: すでに近視のある子どもの進行を、外遊びで抑える効果は弱いのです。つまり——
外遊びは「予防の決め手」、点眼薬・メガネ・Ortho-Kは「治療の選択肢」。役割が違います。
中国のJAMA Pediatricsに掲載されたRCTでは [10]、1日2時間の放課後外遊びを増やしても、数学の成績は落ちなかったことも確認されています。「外遊びを増やすと勉強できなくなる」という心配は、エビデンス上は不要です。
5. HALメガネ・DOTメガネ・RLRL——次世代の3つの選択肢(海外で標準化進行中)
世界小児眼科斜視学会(WSPOS)の2025年コンセンサス [22] は、上記4つに加え、海外で標準化されつつある次世代の3つの治療法を「エビデンスあり」として整理しました。日本ではまだ入手困難なものが多いですが、知っておく価値があります。
HALメガネ(Highly Aspherical Lenslets、Essilor Stellest®)——DIMSと同じ「周辺デフォーカス」方式ですが、レンズの非球面度を高めた次世代設計。Bao 2022の2年RCT(中国小児157人)[23] では、HALは単焦点メガネと比べて屈折進行を 0.80D、眼軸長伸長を 0.35mm 抑制しました。1日12時間以上装用した子では屈折で 0.99D、眼軸長で 0.41mm と、より高い抑制効果。90%の子で眼軸長伸長速度が「正視児と同等の生理的成長速度」に低下するという、これまでのメガネ系では到達しなかったレベルの効果が報告されています。日本でも一部施設で取り扱いが始まっています(自費)。
DOTメガネ(Diffusion Optics Technology、SightGlass Vision®)——「周辺デフォーカス」ではなく、レンズ全体のコントラストをわずかに下げるという新しいアプローチ。CYPRESS試験 [24] は、北米の6〜10歳という低年齢層の小児256人を対象にした4年RCT。これまでこの年齢層で確実なエビデンスがあった治療はほとんどありませんでした。4年目までDOT群が単焦点群より屈折・眼軸長とも有意に抑制し、特に 6〜7歳児への治療開始の有効性が初めて確立された治療となりました。日本での提供は2026年時点では限定的です。
RLRL(Repeated Low-Level Red-Light Therapy、反復低照度レッドライト療法)——650nmの低出力赤色光を眼に1日2回・3分間照射する治療。Jiang 2022の多施設RCT(中国小児264人)[25] で、12ヶ月の眼軸長伸長を 69%抑制(0.13mm vs 単焦点 0.38mm)、屈折進行を 76%抑制 という劇的な効果が示されました。特に強度近視への効果が高いのが特徴で、一部の研究では「眼軸長が短縮した」という稀な現象まで報告されています。
ただしRLRLには未解決の安全性議論があります。米国のOstrin & Schill 2024 [26] は、市販されているRLRLデバイスの一部が、ANSI Z136.1-2014 規格の最大許容照射量(MPE)を 3分間の連続照射で超える可能性を指摘——網膜の光化学的・熱的損傷リスクの懸念です。中国では2024年7月以降、未認可メーカーの新規販売が一時停止されました。1例の網膜障害症例報告 [22] もあり、長期安全性は確立途上。日本では未承認で、海外通販での個人輸入は現時点では推奨できません。技術的には有望でも、安全基準の整備を待つべき段階です。
日本で選べる治療オプション比較
2026年5月時点で、日本のお子さんが実際に選べる選択肢を整理しました。
| 治療法 | 商品名 | 日本での提供開始 | 主な特徴 | 適応年齢の目安 | 費用の目安 |
|---|---|---|---|---|---|
| 低濃度アトロピン | リジュセア®ミニ 0.025%(参天) | 2025年4月発売 | 日本初の近視進行抑制承認薬。1日1回就寝前点眼 | 学童期(6〜12歳中心) | 自費 月5千〜1万円 |
| 同上(適応外) | アトロピン 0.01% / 0.05% 院内製剤 | 2014年頃〜一部眼科 | 一部眼科で適応外処方 | 同上 | 自費 月3千〜8千円 |
| DIMSメガネ | MiyoSmart(Hoya) | 2021年〜 | 周辺ぼかし396マイクロレンズ。見た目は普通のメガネ | 8〜13歳中心 | 自費 5〜8万円/セット |
| HALメガネ | Stellest(Essilor) | 2023年〜一部施設 | 高度非球面レンズレット。HALは2年で 0.80D/0.35mm 抑制、装用時間長いほど効果↑ | 8〜13歳中心 | 自費 6〜10万円/セット |
| DOTメガネ | SightGlass Vision(一部輸入) | 国内未提供(2026-05時点) | コントラスト軽度低減。6〜7歳児からの有効性 が初めて確立された | 6〜10歳 | 海外価格相当 |
| オルソケラトロジー | 各社カスタムハードレンズ | 2009年承認(自費) | 夜装着、昼は裸眼 | 概ね8〜10歳以降 | 自費 初年度15〜20万円 |
| 多焦点ソフトコンタクト | MiSight(CooperVision)等 | 一部施設 | 周辺ぼかし設計、昼装着 | 8〜12歳中心 | 自費 月8千〜1.5万円 |
| RLRL(赤色光療法) | Eyerising 等海外デバイス | 日本未承認(海外通販非推奨) | 強度近視に高効果も、安全性議論中。中国は2024-07新規販売停止 | — | — |
重要なポイント(2026年5月時点):
- どれも保険適用なし(近視進行抑制は日本の保険診療にまだ位置づけられていない)
- 効果サイズは個人差が大きい——全員に同じだけ効くわけではない
- 治療を中止すると一定のリバウンドがある(低濃度ほど軽微)
- 2つを併用するケースも徐々に増えている(アトロピン + DIMSなど)。ただし併用の長期エビデンスはまだ蓄積段階
選択は、お子さんの年齢・進行速度・性格(点眼を嫌がるか)・ご家庭の経済負担で決まります。眼科で相談する際の重要な判断軸です。
効かない治療——WSPOSが明示した「やらなくていいこと」
世界小児眼科斜視学会(WSPOS)の2025年コンセンサス [22] は、「これらは統計的にも臨床的にも有意な近視進行抑制効果がない」と明示的に否定した治療を列挙しています。世間に出回る情報の整理として、まずこれを知っておくと無駄な出費を避けられます:
- 低矯正眼鏡(わざと弱めに作った眼鏡)——むしろ進行を加速させる可能性が指摘されている
- ピンホール眼鏡
- ブルーライトカット眼鏡——画面疲労の軽減目的では一定の主観効果報告はあるが、近視進行抑制効果はない
- 二重焦点眼鏡
- 累進屈折力レンズ眼鏡(PALs)——老眼用と同じ累進タイプ
- 日中用の単焦点ソフト/ハードコンタクトレンズ
- 特殊非球面レンズ眼鏡(PA-PALs)——周辺デフォーカス補正+近見作業の調節遅延補正を組み合わせたタイプ
「ブルーライトカットメガネで近視が止まる」「弱めの眼鏡をかけさせて近視を悪化させない」といった俗説は、WSPOS 2025 が改めて否定しました。
なお、市販されている「目に良い」と称するサプリメント・視力回復トレーニング機器・ツボ療法も、ヒトでの近視進行抑制エビデンスはありません。費用がかかる選択は、本記事のエビデンスがある治療法(外遊び・低濃度アトロピン・DIMS・Ortho-K)から検討してください。
家でできること——今日から始める4つ
医療機関に頼る前に、家庭でできる「土台」があります。これは無料で、エビデンスもしっかりしています。
1. 外遊び 1日2時間(最重要)
これが唯一、無料で確実にエビデンスのある予防策です [9]。週末にまとめて長く外に出るより、毎日少しずつの方が良いことも分かっています。
WSPOS 2025 [22] は、この介入が効く決定的な閾値も整理しました——1000ルクス以上の明るさが近視抑制の閾値であり、屋外はほぼあらゆる状況でこれを大きく超えます:
| 環境 | 照度 |
|---|---|
| 屋外(晴天〜薄曇り) | 11,080〜18,176 ルクス |
| 木陰 | 5,556〜7,876 ルクス |
| 帽子着用時 | 4,112〜8,156 ルクス |
| サングラス着用時 | 1,792〜6,800 ルクス |
| 屋内(家庭・教室) | 112〜156 ルクス |
つまり「どんな格好で外に出ても、屋内の10〜100倍の光を浴びている」のです。日陰でも、帽子をかぶっていても、サングラスをかけていても、外遊びの近視予防効果は変わりません。野外スポーツ、公園遊び、犬の散歩、徒歩通学——種類は問わないので、生活に組み込みやすいものから始めてください。日光の波長と網膜のドーパミン放出が関与している、というのが現在の有力仮説です。
2. 30-30ルール + 30cm + 明るさ
近見作業(タブレット、スマホ、読書、勉強)は30分連続したら、30秒間、6m以上遠くを見る——眼の調節を「リセット」するのが狙いです。さらに WSPOS 2025 [22] は、もう2つの独立リスクを指摘しています:
- 30cm未満の近距離で読むこと——調節負荷が強く、近視進行と強く相関する
- 薄暗い環境(メソピック光)での読書——疫学的に近視進行を加速
つまり「30分・30cm・6m」が3つの基本ルール。タイマーをセットし、机から30cm以上離れて読むよう促し、勉強机の明るさは500ルクス以上に保つ——この組み合わせで初めて予防として機能します。
3. 部屋を明るく
文部科学省の学校環境基準は「教室500ルクス以上」。家でも勉強机の上は500ルクス以上を目指します。スマートフォンの照度計アプリでも測定できます。「ちょっと暗いかも」と感じる部屋での勉強は近視リスクを上げます。
4. 学校健診の視力推移をチェック
毎年5〜6月に行われる学校健診の結果用紙を捨てずに保管してください。前年と比べて視力が下がっている、特に「B以下」(0.7〜0.9)になった、もしくは「C/D」(0.3〜0.6 / 0.3未満)に下がったら、進行性近視のサインです。
眼科で相談するタイミング——「Bになった」がひとつの目安
「眼科に行くタイミングがわからない」というご相談をよく受けます。私の臨床感覚と、IMI 2025の予防重視の方針 [11] を踏まえると、こんな目安です:
| サイン | 推奨アクション |
|---|---|
| 学校健診で B以下(0.7〜0.9)がついた | 眼科で屈折検査 + 眼軸長測定 |
| 家で 近づいて見る癖 が出てきた | 同上 |
| 8歳前後 + 親に近視がある | 強度近視リスク評価のため早めに眼科で相談 |
| 既に近視(-1.0 D以上)で、1年で -0.5 D以上進行 | 「進行性近視」として、進行抑制治療の検討 |
眼科で相談する際は、こんな点を聞いてみると有用です:
- 眼軸長は何mmで、前年と比べてどれくらい伸びたか
- 進行性近視の場合、低濃度アトロピン(リジュセア)・DIMSメガネ・Ortho-K のいずれを推奨するか
- 学校健診の視力推移を見せて、「経過観察」「治療開始」のラインがどこにあるか
「不要な受診」を勧めるつもりはありません。ただし、強度近視への進行は不可逆です。8歳でB以下、1年で-0.5 D以上進行、家族歴あり——このどれかが当てはまるなら、眼科で一度きちんと評価してもらう価値は十分にあります。
科学の現在地:わかっていること、まだわからないこと
わかっていること:
- 日本の小児の36.8%が近視、ピークは8歳 [1]
- 低濃度アトロピン(0.025〜0.05%)は屈折進行を約30〜60%抑制 [3][2]
- 0.05%アトロピンは前近視児の発症率を半分に抑制(28.4% vs プラセボ 53%、LAMP2)[27]
- DIMSメガネは屈折・眼軸長とも約60%抑制、6年でも効果継続 [7][22]
- HALメガネ(Stellest)は2年で 0.80D / 0.35mm 抑制、90%の子で正視児と同じ成長速度 [23]
- DOTメガネ(CYPRESS)は 6〜10歳という低年齢層 で4年RCTの有効性確立 [24]
- Ortho-Kは眼軸長を2年で約 -0.28 mm抑制 [8]
- 外遊びは発症予防に有効(RR 0.536)[9]、屋外照度は屋内の10〜100倍 [22]
- 強度近視 → 近視性黄斑症 845倍 / 視覚障害(>60歳)87.6倍 [19]、眼軸長 30mm 超 → 75歳で90%超が視覚障害 [20]
- 1D 進行を抑えると、生涯失明リスクが約40%下がる [21]
- 発症の遅延 > 進行の抑制 という生涯ベネフィット理論(IMI 2025・WSPOS 2025)[11][22]
まだわからないこと:
- 日本人での効果サイズは小規模治験のみ——香港LAMP研究と国内2年治験を主に参考にしている
- 治療の最適な開始年齢、終了年齢、最適濃度はまだ研究中
- 超長期(10年以上)のフォローアップデータが少ない
- 治療併用(アトロピン + DIMS / HALなど)の長期エビデンスは蓄積段階——WSPOSは相乗効果ありと整理 [22]
- RLRL(赤色光療法)の長期安全性——光化学的・熱的損傷リスクの懸念で標準化途上 [26]
- スクリーンタイム単独の独立寄与は、近見作業との分離が困難
- 保険適用の見通し——当面は自費治療が続く可能性
おわりに——「眼鏡で済む」から「進行を抑える」へ
近視は「眼鏡をかけたらおしまい」の時代から、「進行を抑える、できれば発症を遅らせる」時代に変わりました。それでも、家庭でできる土台(外遊び・30-30・明るさ)が最初の柱で、眼科の治療(リジュセア・DIMS・Ortho-K)はその次の柱です。
お子さんが「最近テレビを近くで見る」「学校健診の用紙にBがついた」と感じたら、まずは外遊び2時間を生活に組み込んでみてください。それでも進行が見られたら、眼科で眼軸長を測ってもらう。年に1度の小さなチェックが、20年後、30年後の網膜と視神経を守ります。
「日本人の3人に1人」のなかで、できることはあります。ひとつずつ、無理のないところから始めていきましょう。
